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力士暴行死:執拗な暴行の詳細判明 少なくとも計8回
毎日新聞 大相撲時津風部屋の力士暴行死事件で、死亡した序ノ口力士、斉藤俊(たかし)さん(当時17歳)=時太山=が2日間にわたって受けた暴行の詳細が9日、愛知県警特別捜査本部の調べで分かった。斉藤さんは少なくとも計8回にわたって兄弟子らから暴行され、暴行に関与していたのは延べ20人を超えていたとみられる。8回のうち、けいこ場であった暴行は死亡当日のぶつかりげいこだけで、特捜本部は執拗(しつよう)な制裁の実態をさらに詳しく調べている。 調べによると、斉藤さんは07年6月25日午前11時ごろ、愛知県犬山市の宿舎から脱走し、正午過ぎに伊塚雄一郎(25)と木村正和(24)の両容疑者=傷害致死容疑で逮捕=に発見され、宿舎に連れ戻された。この際、2人から平手などで殴られ、さらに午後1時ごろにも両容疑者を含む4人から木の棒などで殴られたという。 午後8時ごろ、夕食の席が設けられた宿舎の大部屋で、斉藤さんは前親方の山本順一容疑者(57)=同=の近くに正座させられたが、ひざを崩したことを理由に伊塚、木村両容疑者に平手で殴られ、午後8時半ごろには山本容疑者からもビール瓶で額を殴られた。 その後、山本容疑者が兄弟子に「お前らも教えてやれ」と指示。藤居正憲容疑者(22)=同=ら3人が斉藤さんをけいこ場に連れて行き、テッポウ柱に縛り付けて約15分、木の棒や素手で殴打した。いったんは大広間に連れ戻されたが、再び大広間の外で約15分にわたって木村容疑者らから暴行された。暴行が終わったのは午後10時ごろ。山本容疑者はこの間、暴行を承知の上で、酒を飲むなどしていたという。 翌26日、午前7時前に起床した斉藤さんは7時半ごろから山本容疑者に木の棒で殴られ、兄弟子からも金属バットや棒などで殴られた。ぶつかりげいこは午前11時ごろ始まり、斉藤さんは11時半ごろに倒れたという。 この8回とは別に1~2度ほど、他の力士に殴打されたこともあったという。【米川直己】 ■斉藤さんが受けた主な暴行■ <07年6月25日> (1)木村、伊塚両容疑者が足げり、平手で殴打=午後0時40分ごろ (2)木村、伊塚両容疑者ら4人が木の棒や平手で殴打=午後1時ごろ (3)木村、伊塚両容疑者が平手で殴打=午後8時ごろ (4)山本容疑者がビール瓶で殴打=午後8時半ごろ (5)兄弟子3人がテッポウ柱に縛り、木の棒や平手で殴打=午後8時45分ごろ (6)木村、伊塚、藤居の3容疑者が大広間の外で暴行=午後9時45分ごろ <翌26日> (7)山本、木村、伊塚の3容疑者が金属バット、木の棒、平手などで殴打=午前7時半ごろ (8)木村容疑者らを相手に30分のぶつかりげいこ=午前11時ごろ 毎日新聞 2008年2月9日 15時00分 前時津風親方、飲むと「性格変わった」 力士急死事件
朝日新聞 逮捕された前時津風親方の山本容疑者は斉藤さん死亡翌日の27日、実家を訪ねた。傷の原因を尋ねる遺族に「通常のけいこ。警察も事件性はないと言っている」と繰り返したという。「預けた息子を死なせておいて、ずいぶん威張った態度だった」と父正人さんは振り返る。 前親方は角界では温厚な紳士として知られていたが、半面、飲むと性格が変わったという。部屋関係者は「にぎやかな酒になるか、性格が悪くなるか。この時は後者だったのでは」とみる。 逮捕された兄弟子を知る人たちは、驚きを隠さなかった。 滋賀県に住む藤居容疑者の兄(26)は「父を早くに亡くし、3人の姉弟を育ててくれた母に関取になって楽をさせようと未経験なのに入門した」と話す。母の日には観葉植物や花を必ず贈る弟だった。名古屋場所が終わったころ、宿舎のある愛知県犬山市まで訪ねて問いただすと、「(死亡前夜の)暴行の場にはいた。でも自分は金属バットなんかで殴っていない。おにー、信じてや」と話したという。 福島県立会津農林高校相撲部の東海林義一監督(53)は、中学校の相撲大会を見て木村容疑者をスカウトした。「明るくてお調子者だが、理由もなくいじめをするタイプではない」と話す。「上からやれと言われれば逆らえなかったかもしれない。残念だ」 ◇ 逮捕された兄弟子3人は、今年の初場所でしこ名を改名した。時津風部屋では、部屋を創設した双葉山のゆかりで元々「双」の字がつくしこ名が多かったが、前親方(元小結双津竜)のイメージを一掃するねらいだったという。 前時津風親方らを傷害致死容疑で逮捕 力士急死事件
朝日新聞 大相撲・時津風部屋の序ノ口力士斉藤俊(たかし)さん(当時17)=しこ名・時太山=が名古屋場所前の昨年6月、愛知県犬山市でけいこ後に急死した事件で、愛知県警は7日、斉藤さんに暴行を加えた前時津風親方の山本順一容疑者(57)=元小結双津竜、東京都台東区柳橋1丁目=と兄弟子3人を傷害致死容疑で逮捕した。前親方はビール瓶で殴ったことを認めたが、「部屋から逃げたことを怒ってやったわけではない」と制裁目的を否認しているという。 逮捕された兄弟子3人は、いずれも東京都墨田区両国3丁目、木村正和(24)=しこ名・明義豊(あきゆたか)=▽伊塚雄一郎(25)=同・怒濤(どとう)=▽藤居正憲(22)=同・時王丸=の各容疑者。木村容疑者は実行行為は認めた上で、「制裁ではなく、しつけのつもりだった」と犯意を否認。ほかの2容疑者は大筋で容疑を認めているという。 捜査1課と犬山署の調べでは、前親方と兄弟子3人は共謀し、昨年6月25日午後0時40分から翌26日午前11時半ごろ、斉藤さんが部屋を抜け出したことへの制裁として、犬山市の宿舎などで、金属バットや木の棒で斉藤さんの体中を殴ったり、鉄砲柱に縄で縛り付けたりしたほか、「ぶつかりげいこ」の名目で30分にわたって土俵上に投げ倒すなどし、死亡させた疑い。木村、伊塚両容疑者は両日とも暴行し、藤居容疑者は25日のみ暴行に加わったという。 名古屋大が実施した死因に関する再鑑定で、2日間にわたる激しい暴行で外傷性ショックが起き、血液中のカリウムが致死的なほど高濃度になり、肺水腫も併発して死に至ったと結論づけられたという。 県警は、(1)前親方は25日に「お前らも教えてやれ」「鉄砲柱に縛り付けろ」などと言った(2)26日も「けいこ」の相手や開始と終了の時期を指示するなど、一連の暴行のきっかけを作ったことに加え、25日にビール瓶で斉藤さんの額を殴り、26日のけいこでは木の棒で尻を打って実行行為に加担したことから共謀が成立すると判断した。 調べに対し、兄弟子の一部は前親方の言葉を制裁の指示と受け取ったと認めているという。 発生直後、前親方と兄弟子は事情聴取に「通常のけいこ中に突然倒れた」と説明していたため、犬山署は司法解剖をしなかった。遺族が希望して実施した行政解剖で外傷性ショック死の疑いが強いと判明して捜査が始まり、長期化した。 前親方は26日の暴行を「通常のぶつかりげいこだった」と供述しているが、県警は、通常5分程度で息の上がる激しいけいこを体のできていない新弟子に30分も続けたことなどから、けいこではなく制裁だと断定した。 暴行にはほかに4人前後の兄弟子が加わったとされるが、関与が薄いことから、県警は任意での捜査を継続する方針。 ■北の湖理事長「司法判断の推移見守る」 日本相撲協会の北の湖理事長(元横綱)は7日夜、東京・国技館で協会幹部4人とともに記者会見し、「相撲の長い歴史の中で逮捕者が出たことは誠に遺憾で残念でならない」と話した。逮捕された兄弟子3人の処分は現段階ではせず、「司法判断の推移を見守り、必要な対応をしたい。状況が分かり次第、きちっとした形でやらないといけない」とした。 会見は約10分間。現役力士の逮捕は極めて異例だが、理事長は「他の力士も心配すると思うが、土俵中心に考えると確信している」と述べた。 ◇ 〈時津風部屋事件〉 07年6月26日、愛知県犬山市の時津風部屋で、同年入門した序ノ口力士、斉藤俊さん(当時17)=しこ名・時太山=がけいこ中に倒れ死亡した。当初、同県警犬山署は病死と判断したが、遺体に多数の傷があることを遺族が不審に思い、行政解剖を依頼。新潟大医学部により、死因が「多発外傷による外傷性ショック」である可能性が指摘され、事件性があるとして捜査が始まった。名古屋大が実施した再鑑定でも死因は「多発外傷による外傷性ショック」との結論が出て、愛知県警が前親方らへの強制捜査に踏み切った。 力士急死:前時津風親方に出頭要請 愛知県警
毎日新聞 大相撲時津風部屋の序ノ口力士、斉藤俊(たかし)さん(当時17歳)=時太山(ときたいざん)=が昨年6月、けいこ中に急死した問題で、愛知県警捜査1課と犬山署は7日、山本順一・前時津風親方(57)と兄弟子3人から傷害致死容疑で事情聴取を聞くため出頭要請した。 県警は斉藤さんが同月25日昼から26日午前にかけて前親方と兄弟子から断続的に暴行を受けたため死亡したと断定、容疑が固まり次第、前親方らを逮捕する方針で、角界を揺るがした若手力士の急死問題は大詰めを迎えた。 調べでは、兄弟子は6月25日午後0時半過ぎから11時ごろまでの間、1~5人ずつで計5回にわたって断続的に斉藤さんに殴るけるの暴行を加えたうえ、26日午前も4人が金属バットなどで殴打し、けいこでも暴行を加えて死亡させた疑い。前親方も25日夜、夕食の席で斉藤さんの額をビール瓶で殴ったほか、兄弟子に暴行を指示した疑いが持たれている。暴行は死亡当日のけいこを除いても2日間で計7回に及んだという。 斉藤さんは25日午前11時過ぎ、愛知県犬山市の宿舎から脱走して近くのコンビニエンスストアにいるところを兄弟子に連れ戻され、直後から暴行を受けたという。暴行は平手で殴ったり、けったりという程度から、木刀や金属バットを使った激しい殴打もあり、4人がかりで10分以上にわたった暴行もあったらしい。 新潟大学で行った遺体の解剖結果では、死因は多発外傷による外傷性ショック死と判明した。しかし、致命傷の特定には至らなかったことから、県警は昨年11月、名古屋大学に組織の再鑑定を依頼。この2度の鑑定の結果、長時間にわたる殴打などで壊死(えし)した筋細胞から血液に漏出する毒素のミオグロビンやカリウムが通常より高値で検出され、断続的な暴行が外傷性ショック死の原因と裏付けられた。【米川直己】 毎日新聞 2008年2月7日 15時36分 (最終更新時間 2月7日 16時27分) 元時津風親方を逮捕へ、傷害致死容疑で兄弟子3人も
読売新聞 大相撲の時津風部屋の宿舎で、序ノ口力士だった斉藤俊(たかし)さん(当時17歳)=しこ名・時太山(ときたいざん)=が急死した事件で、愛知県警は、昨年6月25日から翌日にかけて繰り返された一連の暴行が死につながったと判断し、初場所終了後の来月上旬にも、傷害致死容疑で山本順一・元時津風親方(57)(元小結双津竜)と、暴行の中心になった兄弟子3人の逮捕に踏み切る方針を固めた。 県警のその後の捜査で、斉藤さんへの暴行は死亡前日の昼過ぎから始まっていたことが判明。3人の兄弟子のほか、暴行に加わった4、5人についても書類送検する方向で、近く検察当局と最終的な協議に入る。 斉藤さんは同年6月25日の夕食の際、同県犬山市内の宿舎で、元親方にビール瓶で額を殴られた後、宿舎裏で兄弟子から殴るけるなどの集団暴行を受けたとされ、翌26日のけいこ後、死亡した。 しかし、関係者の供述などから、暴行は25日の昼過ぎから、兄弟子数人によって繰り返し行われていたことがわかった。斉藤さんは厳しいけいこに嫌気がさして、この日の朝、宿舎から逃げ出したが、約700メートル離れた同市内のコンビニエンスストアで兄弟子に見つかり、連れ戻された。その後、夕食までの間も暴行されたという。 26日のぶつかりげいこでも、兄弟子の一部が金属バットで殴打していたことがわかっているが、県警ではどの行為が致命傷になったかを解明するのは困難なため、一連の暴行を一体としてとらえ、立件することにした。 元親方については、25日の夕食時、斉藤さんを脇に正座させ、説教をしながら額をビール瓶で殴打した末、一緒にいた兄弟子たちに「かわいがってやれ」と発言。複数の兄弟子も調べに対し、「元親方の指示でやった」などと供述していることから、県警は同容疑での立件が可能と判断した。 一方、名古屋大学で行われている組織片の再検査で、打撲などの衝撃を受けた際、細胞から血液中に流出するカリウムの濃度が通常よりも高い、心停止を引き起こすレベルだったことを確認した。一般的にこの濃度に達するには数日かかるといわれるが、強い打撃が体の広範囲に及ぶ場合は半日程度で達することもあるという。県警ではこれらのデータからも、25日の長時間の暴行と26日の外傷によって、外傷性ショックで死亡したとみている。 (2008年1月26日03時05分 読売新聞) 米紙LAタイムズ、力士急死問題で日本の検視を批判
読売新聞 【ロサンゼルス=飯田達人】9日付の米ロサンゼルス・タイムズ紙は、大相撲の時津風部屋の序ノ口力士、斉藤俊さん(当時17歳)の急死を巡り、愛知県警が当初、司法解剖をせず、病死とした問題を取り上げ、「日本の警察は悪を直視していない」と日本の検視制度を厳しく批判する記事を1面などに載せた。 記事は、「斉藤さんの遺体に多数の傷があり、足にはたばこの火の焼け跡まであったのに、愛知県警はなぜか心疾患と判断した」と指摘。さらに、同県警が昨年扱った変死体のうち、検視官による検視が行われたのは6・3%で、全国でも11・2%に過ぎないとした。 検視率が低い理由として、同紙は、〈1〉日本の警察は管轄内の殺人などの比率が上がるのを嫌がり、病死や自殺として処理しようとする傾向がある〈2〉被害者の遺族も体が切り刻まれるのを嫌がる——などと指摘。「日本の検視制度は第2次大戦後に米国が導入したが、十分に機能していない」と総括している。 ----- 「Japan's police see no evil」 - Los Angeles Times (「日本の警察は問題なしと」 日本の検視・監察医制度の不備を批判したロサンゼルス・タイムズ記事) 時津風部屋力士、傷害致死で立件 部屋後継者に、現役の時津海浮上
東京中日スポーツ 角界の鉄拳制裁に捜査のメス−。大相撲時津風部屋の序ノ口力士、時太山=ときたいさん、当時(17)、本名斉藤俊さん=が死亡した問題で、愛知県警一課と犬山署は5日夜、組織鑑定の結果、死因は外傷性ショックと分かった、と発表した。県警はすでに師匠の時津風親方(57=元小結双津竜、本名・山本順一)と同部屋の兄弟子数人からの事情聴取を済ませているが、本格的に傷害致死の疑いなどで立件する。これに先立ち、日本相撲協会は5日、東京・両国国技館内で緊急理事会を開き、時津風親方の解雇を満場一致で決定。後継者には西前頭7枚目の時津海(33=本名・坂本正博、長崎県出身)が浮上している。 斉藤さんの死因について「多発外傷性ショック死」とする鑑定結果は、鑑定をしていた新潟大が愛知県警に連絡してきたことで分かった。 当初、愛知県警犬山署は死因を虚血性心疾患として発表。だが、遺族が要請した新潟大での行政解剖で多発外傷性ショックの可能性が高いとされていた。 同県警の発表を覆す鑑定結果が出たことで、傷害や傷害致死などの容疑での立件への準備が整ったことになり、今後、県警は名古屋地検などと協議する。 これまでの調べでは、斉藤さんが亡くなった6月26日の前日に、時津風親方=5日、日本相撲協会が解雇処分=がビール瓶で額を殴ったことや、 兄弟子らが金属バットで殴ったことが分かっている。県警はすでにこれらの暴行が傷害容疑に あたると判断している。 さらに暴行や過度なけいこが斉藤さんを死に至らしめた傷害致死容疑を立証するため、鑑定を依頼していた。 また現場にいた兄弟子らの供述などを合わ せ、時津風親方の「やってやれ」などの言葉がどういう意味を持っていたか、判断する。 立件する場合は、プロ格闘技という世界 で、暴行や長時間のぶつかりげいこが常軌を逸していたかどうか一定の証明を求められる。こうしたことから「過度のけいこによる過失」か「意図的な集団暴行」なのかを見極める必要があり、県警は、鑑定結果を整理し、時津風親方らへの再度の事情聴取を含めて詰めの捜査をする。 相撲協会としては、警察の捜査をにらみ、5日に時津風親方の解雇処分をし、角界からの追放を決めたが、制裁を実行した5、6人の兄弟子については、事情を聴取しながらも内容を公表せず、「警察の調べが終わった段階で行う」としている。 刑事事件として立件され、時津風部屋関係者が逮捕されることになれば、相撲協会は監督不行き届きとして大きな責任を負うことになり、北の湖理事長の責任は減俸では済まないことになる。 さらに、遺族は相撲協会と理事長を相手取って損害賠償を求める訴訟を起こす構え。 62年前に大横綱双葉山が創設した名門・時津風部屋が“消滅”した。この日の緊急理事会で解雇が決まった時津風親方には、一方で、9日午後4時までに後継者を選出する猶予が与えられた。 通例なら師匠がいなくなった相撲部屋は消滅させられる。「時津風部屋は名門。無くなってしまうのは忍びない」(北の湖理事長)という特例を与えられたが、それでも9日午後4時まで一時的にでも消滅したことに変わりはない。 その後継者選びで、最有力視されているのが、前理事長の先代時津風親方(元大関豊山)と同じ東農大出身の幕内・時津海だ。これまでも琴ノ若(現佐渡ケ嶽親方)、旭豊(現立浪親方)、輪島(元横綱輪島)らが現役引退後すぐに部屋持ち親方となっている。部屋での人望もあり、すでに年寄名跡の「錦島」も所有しているので、時津風を襲名する場合は名跡を交換するだけで済む。ただ、時津海は33歳ながら秋場所も西前頭7枚目で技能派らしい活躍を見せている。現役への未練を断ち切って決断できるかどうかだ。 部屋付きとして錦島親方(元幕内蔵玉錦)がいるが、元の所属が鏡山部屋であり、時津海から錦島を借りている状況。同じく枝川親方(元幕内蒼樹山)には、時津風親方が指名に難色を示していると見られている。 錦島親方は「後継者は部屋の中で決めることになる。一門のほかの部屋から呼ぶことは100%ない」と断言。時津海の時津風襲名を説得していく方針だ。ただし、タイムリミットの9日午後4時までに後継者が決まらなかった場合、時津風部屋は本当に消滅する。時天空ら4人の関取を含む力士たちもその間に転属先の部屋が見つからない場合は引退を余儀なくされ、新たな混乱を巻き起こすことになる。 時津風親方、急死の力士介抱せず放置 金属バット暴行を口止め
産経新聞 大相撲の時津風部屋の時太山(ときたいざん)=当時(17)、本名斉藤俊(たかし)さん=が急死した問題で、死亡の直前、時津風親方が、しごいた兄弟子らを遠ざけ、斉藤さんと2人きりになりながら介抱せず、病院への搬送もすぐに指示しなかったことが、関係者の話で分かった。死亡後、金属バットによる暴行を警察に話さないよう兄弟子らに口止めしていたことも判明。弟子が金属バットについて話したと報告すると、親方は「なんで本当のことを言うんだ」と叱ったという。愛知県警は立件に向け、最終的な詰めの捜査を進めている。 県警や複数の関係者によると、6月26日午前10時ごろ、愛知県犬山市の時津風部屋で朝げいこが終了。親方の指示で4、5人の兄弟子が残され、斉藤さんとのぶつかりげいこが始まった。 親方は土俵脇でしばらく様子を見た後、風呂や食事のため宿舎に移動。約1時間後に戻り、ぐったりした斉藤さんを見て、「後はおれ1人でみる」などと話し、兄弟子らを遠ざけた。 けいこ場には斉藤さんが取り残される形で約20分間、2人きりだったが、この間に斉藤さんを介抱するなど救護措置は行われなかった。 親方は、2日後の28日に、自分の部屋に関取衆を除く弟子らを呼び、暴行に金属バットが使われたことや自分が斉藤さんをビール瓶で殴ったことを漏らさないよう指示。その後、ほぼ連日、弟子らを集めて県警の聴取に何を話したかを報告させ、「聴取が長引くと良くないから、みんなで供述を合わせよう」と口裏合わせを求めたという。 時津風親方を立件へ 力士急死巡り傷害容疑 愛知県警
朝日新聞 新潟市出身で大相撲の序ノ口力士、斉藤俊さん(当時17)=しこ名・時太山(ときたいざん)=が名古屋場所前の6月、愛知県犬山市でけいこ中に急死した問題で、師匠の時津風親方(57)=本名山本順一、元小結双津竜=が同県警の任意の調べに対し、斉藤さんへの暴行を認めていることが25日、わかった。兄弟子数人も「集団で暴行した」と供述しているという。県警は現在、死の直接的な原因を特定するため遺体の組織検査中で、結果を待って、同親方を傷害、兄弟子らを傷害致死の各容疑で立件する方針だ。 指導をめぐって親方が刑事立件されることになれば極めて異例の事態で、角界全体の体質が厳しく問われそうだ。 時津風部屋の県警への説明によると、斉藤さんは6月26日午前11時40分ごろ、犬山市犬山の寺院敷地内にある同部屋のけいこ場で、兄弟子とのぶつかりげいこ中に倒れた。搬送先の病院で午後2時10分に虚血性心疾患による死亡が確認された。 県警は、親方や同部屋の力士ら関係者から、任意で事情を聴取。死亡前日の25日午前、斉藤さんは部屋を逃げ出そうとして兄弟子らに連れ戻された。こうした斉藤さんの態度に腹を立てた親方が、力士らとの夕食の席上、ビール瓶で斉藤さんの額を殴り、切り傷を負わせていたことがわかった。その後、けいこ場の裏手で兄弟子数人が斉藤さんを取り囲み、数十分にわたって殴るけるの暴行を加えたことも、親方らは認めているという。 26日は午前7時半ごろからけいこの予定だったが、斉藤さんは起きてこず、午前11時10分ごろ兄弟子とぶつかりげいこを開始。約30分後に土俵上で倒れたが、119番通報がされたのは午後0時50分ごろで、それまでは近くの通路に寝かされていたという。 |
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