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妊娠中、出産後も日本人の父親から虐待を受けていた母子が、日本家族法を回避。

記録:2005年11月

Japanese translation courtesy of Naomi.


私は日本人の元夫と2001年5月に東京で結婚した後、同年10月に英国の教会で結婚式を挙げました。元夫とは結婚する5年前から交際をし、そのうち2年は英国で同棲していましたが、結婚生活の大半は日本でした。

2003年9月に緊急帝王切開で予定より1ヶ月早く息子を産みました。合併症のため息子は最初の6週間を新生児集中治療室で過ごしましたが、そこは私が出産した病院ではなかったため、やっと息子に会えたのは4日も後のことでした!

息子の人生がドラマティックに始まった理由のひとつには、元夫から受けた肉体的、精神的虐待がありました。日本の医師は取り合わなかったのに対して、数人のヨーロッパの医師はストレスが胎児の成長率に影響を及ぼすと認めています。

元夫は時に乱暴で、結婚前でさえ実際にはさみを突きつけて私を脅したこともありました。私はいつも彼の行動にストレスか何かを感じていて、例えば夜に友達と出掛けて、何時頃に帰るのか彼に電話で知らせなかったりして彼を怒らせたこともありました。

結婚後も事態は次第に悪化していき、妊娠5ヶ月の頃特にひどくなり産後6週間後にピークを迎えました。コンピュータの調子が悪いという理由で夜中に起こされベッドから引きずり出された挙句殴られたり、妊娠7ヶ月にも関わらず真夏の東京でアパートのベランダに締め出されたり、ヨーロッパの家族に一度しか会いに行くことを許さなかったり、友達を家に招待しようとする度に不愉快な思いをさせられました!結局のところ、彼が言いたかったのはそれは自分のアパートで、私のものではないということでした。でも、身体的虐待よりも、言葉での暴力が何より辛かったのです。「くそったれ!」「臭いんだよ!お前ら外人は皆臭いんだよ。」「お前は馬鹿だな、ちゃんと小学校に行ったのか?」と毎日のようにひどいことを言われました。

当然の疑問は、一体私はなぜそんな彼と結婚し長い間ひどい仕打ちに耐えてきたのかということですが、答えは複雑です。その当時私は自分に非があるのでは、自分の努力が足りないのでは、仕事でストレスの溜まっていた彼にもっと余裕を持って接してあげるべきなのでは、と思っていました。週に1日彼は私に辛くあたることがあっても、残りの6日間はとてもチャーミングで私を愛していると言ってくれたし、もし私が居なくなったら彼の人生はおしまいだとも言ってました。大抵彼は一緒にいると楽しくてユーモアのある人で、映画を一緒に観たりして楽しんだこともあり、(世間知らずにも)私は彼のことを誠意ある人だと思っていました。悪い思い出がひとつ出来る度、いい思い出でそれを覆い隠していました。それに、教会で彼と一生添い遂げることを誓ったのは私が選んだことであり、誰に強制されたわけでもなかったのです!(でも私の息子は父親を選ぶことは出来なかったのです!!)

試練の時がきたのは、彼が息子に暴力を振るうようになった頃でした。2004年5月の休日に私の実家を訪れた時(ある夜私の実家で起こった極めて虐待的な出来事の後です)、自分に残されたただ一つの選択は何が起こっているのか両親に話すことだと決心しました。元夫を日本へ帰国させて私は英国に残り、お互い暫く離れている時間を持った方がよい、と両親にアドバイスされました。元夫は家庭内暴力のカウンセリングを受けることに同意し、私は自分の将来について長い時間をかけてじっくりと考えました。私は結婚生活を持続させたいと必死でした。シングルマザーにはなりたくはなかったからです!暴力的な夫でも自分の非を認めて変われる方法が書いてある本を必死で探しました。優れた書籍を2、3冊読んだところ、彼は決して変わることが無いという厳しい最終結論に達しました。日本へ戻って身動きが出来ない事実上の囚人となる危険をおかすことが出来なかったのは、息子を置き去りにすることなんて考えることすら出来なかったからです。

別居中の元夫からの離婚するという脅しの電話を受けた時、私の中で親権に関する警告が頭をよぎりました。女性団体に相談したところ、日本にいる夫から送られてくる離婚書類を私が受理する前に、私が英国から離婚書類を送り夫が受理すれば、日本の法廷ではなく英国の法廷で裁判が受けられるとのことでした。英国で裁判を受けた方が、日本で受けるより成功率が高いからです。私の家族の友人でもある弁護士に直ちに引き受けてもらうことができ、素晴らしい仕事振りはもちろんですが、法律扶助までも見つけてくれました。元夫はすでに銀行発行のクレジットカード類を使えなくしており(これは彼が離婚書類を受理する前から)、彼の口座からお金を引き出すことが全くできませんでした。自分のわずかな預金を引き出すためにカードと暗証番号を日本の友人に送り、その友人がカードで全額引き出した後友人の口座に移し、そこから英国の私の口座に振り込んでもらいました。新しいテロ対策法の影響で、電子メールや郵便で銀行に頼むのは出来ませんでした。この手続きをするのには、私が自分で日本に行かなくてはいけないのです!私には約二ヶ月分の生活費 しかありませんでしたが、私の家族が息子と私の面倒を見てくれました。もし友人と家族が面倒を見てくれなかったら、日本で虐待的な関係に甘んじていたでしょう。

実質的な法律問題については、居住地が原因でかなり複雑でした。居住地に関して何が決定的な抜け道だったかは覚えてはいませんが、英国法廷は日本で婚姻が行われたのにも関わらず判例を認めて裁判が受けられることになりました。その当時私が英国に定住していたからだと記憶しています。

2004年9月に英国法廷は元夫の出頭なしで裁判をした後、私は全面的居所命令と禁止命令を認められました。これは私が息子の親権を持っていることを意味し、もし息子が誘拐された場合は英国の港湾当局に通報されるという判定と離婚も認められました。

それから3ヵ月後に、東京家庭裁判所から2005年5月に出頭を要請する裁判所文書が私のもとに郵送されてきました。元夫は私との離婚、息子の親権、そして百万円の賠償金を要求してきました。その根拠は私の配偶者遺棄と、息子は発育障害があるかも知れないので日本での治療が必要(十分な医療施設はヨーロッパにはないからですって!)とのことでした。私こそが虐待をしていた側で、母親として息子を育てる精神的能力に欠けており、私の家族も息子を育てる能力がないと記されていました。今私が息子を育てていて独り立ちし、子供の世話をしてくれる人も見つけ、子供と二人で生活できる十分な収入を得られる仕事に就いていることを元夫は考えてもいませんでした!元夫は自分で勝手に私の両親が息子を育てていて、女の子しか育てたことがないという理由で不適格だと決め付けていたのです!

私が抱えていたジレンマは、果たして私が日本の法廷で争うべきなのか、または無視したほうがいいのかということでした。結局のところ、英国で既に判定が下されており、私の居住地は英国です。英国で法的相談を受けようと思っても、日本の家族法に関する知識のある弁護士は見つかりませんでした(商法のみです)。そこで私は東京英国大使館のウェブサイトへ行き、日本の弁護士を見つけて電子メールで連絡を試みました。東京で弁護士をしている友人からも弁護士を紹介してもらうことができました。 

色々な弁護士からの情報を集めた結果、英国で離婚が成立した当時夫、すなわち被告は日本に住んでいたため、英国での判定は日本の法廷では法的効力を持たないということが分かりました。日本の法廷は被告の居住地を考慮するため、この場合日本の法廷が裁判権を持つことになります。同様に元夫が私を日本の法廷にかける場合、私は国外に住んでいる被告となるため英国で裁判を受けることになるのです。しかし、ここで起こる矛盾は元夫は私が彼を捨てたと主張することで、日本で裁判をする理由ができるという落とし穴があったことです。

最後に私は日本の家庭裁判所へ先に英国で下された判定を説明する手紙を書き、それを日本語に翻訳して送りました(日本の法廷がそれを有効と考慮したか否かは別として)。既に英国で離婚の判定は下されており、私が日本を離れたのは家庭内暴力が原因で日本での裁判には出頭する意志がないこと、しかし息子の面会は第三者の立会いのもとでなら許可すると伝えました。

私は以下の根拠でこれを決断しました。

1.先の英国での判定は東京家庭裁判所では有効と認められなくても、事実私は息子と英国で英国法の管轄の下に在住しており、日本へ戻る意志はない。

2.この手紙は記録目的で書いた。元夫が日本の裁判所の判決を英国で執行しようとしても、私は東京家庭裁判所を無視してきたのではなく既に英国で下された判決があることを伝えたことを証明できる。

3.長期間に及び、なおかつ多額の費用も掛かる日本の法廷で勝訴したとしても、私の状況は変わらないと思う。莫大な費用を払うだけということになる!

4.これまで息子の世話をしてきた私は愛情溢れる母親で、外部からの資金援助が一切なくとも息子の面倒を見られる能力があり、元夫の主張にあるような母親不適切者ではない。元夫の言い分は嘘偽りであり、絶対の必要性がないかぎり私を裁判に巻き込むのは不当である。

5.日本がハーグ条約の子供拉致の民事面に関する条約に署名していないため、私の心配は息子が日本へ拉致されないようにすることです。そのために私は裁判所に元夫が息子を拉致しないよう禁止命令を介して、これを防止しようとしました。最悪の事態が発生して元夫が息子を日本へ拉致するのに成功した場合、日本の警察はそういう事情には関わりたがらないので、日本か英国の面会権または親権を行使するのは難しいと予想される。

6ヶ月間何も音沙汰がなかった後、2005年11月に判定が書かれた日本の裁判所文書が送られてきました。それには日本法の下で離婚が成立したこと、親権を与えられたこと、そして裁判費用の負担命令がありました!

なんて素晴らしい知らせでしょう!(裁判費用のことなど支払うつもりなどないので、どうでもよいことです!)外国人の母に親権が与えられるのはどのくらいあるのだろうかと思いました。インターネットで読んだ限りでは、ほとんどなさそうです!!法廷の判決の根拠は息子が病気で日本での治療が必要であることや、2005年5月から一人で息子の世話をしている私を母親不適格者であることも証明出来なかったからです。

子供と面会する権利については、英国法廷は一方の親が他方の親に子供をに会わせないようにするのをよく思いません。私の場合、元夫は指定された場所で監視のもとで子供と会うことは許可されるでしょうが、まだ実際に一度も要求してきてはいません。一方では息子が父親を知らずに育つことに悲しさを感じますが、その一方では息子が誘拐される確率が減ることに大きな安堵感を感じています。元夫と積極的に連絡を取り合い息子との関係を深めるようアドバイスする人もいましたが、暴力と誘拐の懸念があり、恐ろしくて危険を冒すようなことはしたくありません。

お金に関しては、英日間のどちら側にも相互扶養料の取り決めがなく、また私は日本の裁判所を通して元夫に金銭の要求はしませんでした。全てを過去のことにしてしまいたかったからです。息子の養育費をもらうために、これを延々と引き伸ばして精神的苦痛を味わうのは嫌でした。最終的には自力で息子の面倒を見る経済的自立が出来ると分かっていました。事実今までも、そして現在も経済的自立をしています。

私の体験をここでお話しているのは、暴力的関係から逃れ、より明るい未来をもつことが可能だということを皆さんに知ってもらいたいからです。日本の家庭裁判所は外国人の配偶者に偏見を持たずに判定をする例もあることを知ってもらいたいからです。

「ウェブマスターからの注解。日本人でない親が日本で親権を得る場合、必ず親権と監護権の両方を取得することを確認してください。さらに、子供を日本人の親の戸籍から抜き、子供自身の戸籍を作って入れるべきです。これは将来日本人の親による子供の拉致を防ぐ完璧な解決策ではありませんが、それがもっと難しくなります。というのはその日本人の親に親権がないのが明らかになるからです。子供を戸籍に取り戻すには更に法的手続きが必要になりますから、障害が一つ増えることになり、ゆえにいい予防措置と再発防止の目安となります。」


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